新しい学びのカタチ
生徒が自分から取り組み、
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水墨画にひかれる気分

 「線が僕を書く」という映画をみた。横浜流星演じる主人公が水墨画との出会いを通じて自らと自らの過去と向き合い、やがて水墨画の心を教わりながらこれに没頭し、周りの人々との心の交わりをつうじて自分をこえて芸術に投企してゆく。水墨画を書き上げる緊迫感と迫力のあるシーンも印象的であった。家族との哀しい別れを自分のせいととらえて前に進めなくなっていた主人公が、それでも単に目に見えるものを書くのでなく己の心にうつる対象の本質と己の内面を、自分の線で、表現することによって、敬愛する人々とともに成長していく。映画を観ると心が洗われるような経験をし、感情と思考の波が整理され、自分のことをも振り返る契機が与えられる。

 総社出身の雪舟が日本で大成したことで有名な水墨画。淡色の墨の濃淡や繊細かつ大胆な筆使いによって、ものの形だけでなく書き手の心や時代・文化的背景をおった人間の精神性を表現する、そんな芸術様式だ。そこには自然と人間の形を超えた本質が表現されるがゆえにみるものにうったえ考えさせる。確たる技術だけでなく、書く瞬間の偶然性もそのおもしろさを生む。何も書かれない余白に、見るものは想像力をかき立てられる。描く側の精神性や哲学思想が潜んでいることを感じさせるからこそ、作品をとおした作者と鑑賞者の対話を促しもする。

 最近、劇画的でめいいっぱい彩色されている西洋絵画にすこし疲れを感じる。他方で水墨画の閑寂さや、日本画のやさしい色使い、東洋美術の自然との一体化のモチーフやタッチのやわらかさが、気持ちを落ち着けさせてくれるのでこのましい。今日も福山の美術館でバラをテーマとして古今東西の作品をあつめた特別展が始まったので見に行った。華美で人物を中心にどっしり据えた西洋美術の作品も美しく魅力的である。しかし東洋美術の背後にある、自然のうちに溶け込んでいるような調和性や、書にあらわれる思想性・精神性が、心を静め自己とゆっくり向き合いたい今の私の気分にはここちよく感じられるのである。

 

2025/4/5